2008/08/20

現実感を削ぐ現実的な描写~『クローバーフィールド』

2か月以上も前の古い記事をたまたま目にして、映画『クローバーフィールド』の1シーンを思い出した。
記事内容は古びたものだし、映画とは何も関係ないのでここでは触れない。
まもなくDVDが発売されるようで最近ポスターを見かけるのも思い出した一因ではあるかも知れない。
この映画を薦める理由はない。ただ、その1シーンについての解決しがたい想いを述べておきたいだけだ。

映画自体は『ゴジラ』をある観点からリメイクしたいという着想ではじまったのだと思う。それを表現するにあたって、およそ『ゴジラ』とは関係のない別のアイデアを映画の軸に据えてしまって、結果、破綻したのだろうと思う。

ここで取り上げたいシーンは、おそらくは“重要だった”はずのシーンだ。
ポスターには頭部のない自由の女神像が描かれている。それをみても重視しているシーンのはずだ。
自由の女神像の首は“HAKAISHA”に引きちぎられ、路面に落下する。かの有名なSF映画のラストシーンを髣髴とさせるし、911にも通じるイメージのはずだ。
その落下した頭部を、みんなケータイで撮影している。

そのとおり。現実に起これば間違いなくそうなるシーンだ。リアルな描写のはずだ。
しかし、映画としての現実感、“臨場感”が削がれているように感じるのはわたしだけだろうか。
現実的な描写でありながら現実感が削がれてしまう。
それでは、どうすべきだったのか。残念ながらわたしには答えがない。

この1シーンが映画の問題点ではない。問題点なのかも決めかねる。この映画を薦めない理由はもっとたくさんある。しかし、このシーンは未解決の課題として心に残っている。

ただひとつ、この映画で好きなところがあるとすれば主人公があきらめないところだ。
そう思うとき、もう少し別のラストがありえただろう。そうなれば、暇で時間をつぶしたくて特に観たい映画もないならDVDを借りて観るもよし、というほどの評価にはなった。
そのためには上述の「関係ない別のアイデア」は捨て去るか、もう少し別の表現に見直されるべきだったろう。

2 件のコメント:

柏春 さんのコメント...

いつもの火星の住人さんじゃない…(;ω;)

 「である調」こわいの…(;ω;)

MarsResident さんのコメント...

ゆるゆると行きたいんですが、ちょっと腹を立ててみたり。
何にって、きっとこの映画なんでしょう。
だって気持ち悪くなったんだもん。